ホームセミナーセミナーレポート人事戦略フォーラム 2022年5月30日

セミナーレポート

人事戦略フォーラム

「人的資本経営」実践へのロードマップ

Virtuous Capital LLC Founder and President 西谷 秀人 氏
経済産業省 経済産業政策局 産業人材課長 島津 裕紀 氏
三井化学株式会社 グローバル人材部 部長 小野 真吾 氏
株式会社パソナ JOB HUB 顧問 岩田 佑介

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人材をコストではなく「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方として「人的資本経営」が、昨今多くの企業で注目されています。国内でも2021年に改訂されたコーポレートガバナンス・コードにおいて、人的資本に関する記載が盛り込まれ、また、本年5月には、経済産業省より「人材版伊藤レポート2.0」が公表されました。

今回の人事戦略フォーラムでは、日本に先行して人的資本経営の取り組みが進んでいる欧米での動向や、今後の日本企業に求められる実践ポイントに関して、経営コンサルタントの西谷秀人氏と経済産業省の島津裕紀氏からの講演の後、既に人的資本経営の実践に着手している三井化学社の小野真吾氏を交え、トークセッションを行いました。

【PART1】 パーパス経営とCHROの役割 ~経営戦略と人的資本戦略の連動に向けて~ 西谷 秀人 氏

日本と米国の企業経営の現場で、人的資本の最適活用について取り組んできた西谷氏から、本年5月に発表された「人材版伊藤レポート2.0」をベースに、パーパス経営とCHROのあり方について解説して頂きました。

「人材版伊藤レポート2.0」で紹介されている「経営陣の役割・アクション」のは以下の4点。
①企業理念、企業の存在意義(パーパス)や経営戦略の明確化
②企業戦略と連動した人材戦略の策定・実行
③CHROの設置・選任、経営トップ5Cの密接な連携
④従業員・投資家への積極的な発信・対話
ここで述べられているパーパス経営の考え方は今や世界標準であり、ICGNグローバル・ガバナンス原則に明記され、ダボス会議や欧米の経営者会議においても、明確に提唱されています。
『パーパス』とは、ブランドスローガンや社訓とは異なるものです。企業理念を示す概念として「ミッション」や「ビジョン」がありますが、ミッションはWHAT WE DO(我々は何をするのか)であり、ビジョンはWHERE WE GO(行動を通じて、我々はどこにいくのか)です。これに対して、パーパスはWHY WE EXIST(なぜ我々は存在しているのか、なぜ我々はやるのか)と言うことができます。

パーパス経営を実践する企業のCEOを支援する米国のシンクタンクCECP(Chief Executives for Corporate Purpose)が行ったパーパス経営企業の収益傾向のリサーチによると、
『真正なパーパスを経営の軸としている企業は、株主価値を向上させている』
『パーパス経営は、他のステークホルダーにも価値提供できる潜在性がある』
『パーパスが明確な企業は、経済変化に堪え、長期的株主価値の向上が可能である』
という興味深い結果が表れています。また、パーパス高度活用企業は、収益成長率、収益率、資本収益率、企業価値倍率が高い傾向も、このデータから読み取ることができると言います。

では、このようにメリットの大きいパーパス経営を実践するために、CHROは何をすべきなのでしょうか。西谷氏はその要点を次のように整理しています。
①パーパスを軸に、人材戦略を含めたあらゆる経営の戦略要素と連動させていく
②パーパスを企業文化に浸透させるために、社員との対話をリードする
③チェンジリーダーとして、経営陣や役員と密接に連携し、助言する
④CEO・CFOとともに「3C」として絶えず情報交換し、対応をとる

「人材版伊藤レポート2.0」では『人材の「材」は「財」である』と書かれています。社員にとっての『財』=資源・財産は、時間と能力です。社員はその時間と能力を会社に投資し、預けた以上、そのリターンを期待します。金銭的リターンは報酬であり、非金銭的報酬は人間としての個々のパーパスの実現です。会社のパーパスと個人のパーパスが重ね合わせられれば、社員のパッションやエンゲージメントは高まり、ポテンシャリティ(潜在的な成長性やイノベーション)も拡がります。その好循環を回していくのが、パーパス経営の真の価値なのです。人的資本経営推進の要として、CHROへの期待が高まっています。

【PART2】 人的資本経営の実現に向けた実践のあり方 島津 裕紀 氏

経済産業省で「人材版伊藤レポート2.0」の作成に携わった島津裕紀氏は、まず岸田総理の発言の中から、
『フロー=賃金と、ストック=教育訓練の両面で、人への投資を強化する』
『DXやGXといった変革の中で、人への投資が最重要の核である』
等を紹介し、政府として人的資本への投資に着目していることを再確認しました。
また、海外では非財務情報開示の枠組みに関する議論が進んでおり、その中で人的資本に関する情報開示を求める声が高まっていることを解説。人的資本経営の実現には人的資本経営の「実践」と、その取組と進捗の「開示」を両輪で回していくことが必要だと述べました。

2020年9月に公表された「人材版伊藤レポート」は、人的資本経営に向けた「変革の方向性」と、経営陣・取締役会・投資家それぞれの役割を明らかにした上で、経営陣が主導して策定し実行する人材戦略について、3つの「視点」と5つの「共通要素」を抽出したことが特徴でした。
今回の「人材版伊藤レポート2.0」は、それらを更に深掘り・高度化し、①実行に移すべきと考えられる取り組み、②その重要性、③有効となる工夫、を整理したものです。ただし、各企業がレポートに挙げられた全ての項目について、チェックリスト的に取り組むことを求めるものではないこと、そして人的資本経営という変革を、どう具体化し、実践に移していくかに主眼を置いていることを説明されました。

「人材版伊藤レポート2.0」は0〜8の番号がついた章に分かれており、1〜3が前述した3つの視点、4〜8が同じく5つの共通要素に対応しています。その中でも特に重要となる『1.経営戦略と人材戦略を連動させるための取組』から、『CHROの設置』や『全社的経営課題の抽出』について紹介いただいたほか、『将来の事業構想を踏まえた中期的な人材ポートフォリオのギャップ分析』『学生の採用・選考戦略の開示』『リスキルと処遇や報酬の連動』等について、データを交えて解説を加えていただきました。

また、経済産業省では、レポート本体と併せ、19社の取り組みをまとめた「実践事例集」と「人的資本経営に関する調査」アンケート結果も公表しています。アンケートについては経営陣に対して自社の人的資本経営の進捗状況を質問するとともに、その会社の従業員に対しても回答を依頼し、経営者と従業員の認識のギャップを分析しています。

これらの材料をアイデアの引き出しとして、人的資本経営を具現化できるかどうかは、経営陣の意志にかかっています。先頭を走っている企業は切迫感に近い問題意識をもって取組を継続してきていることや、経済産業省の検討会でも経営層と投資家が一堂に会したことが新たな気付きになったことも紹介。これらを踏まえると、人的資本経営に取り組む企業と、それを評価する投資家が高みを目指すための「場」がこれからも重要であるとまとめていただきました。

【PART3】 トークセッション
『人材戦略策定から、診断~変革~公表のサイクルを通じた、人的資本経営の実践に向けて』

PART3では冒頭に、三井化学株式会社の小野真吾氏が、同社の「グローバル人的資本経営変革」を紹介。目指すべき企業グループ像「VISION 2030」の非財務KPIの中で、企業文化・人的資本等に関する指標が設定されていること、その実現に向けた各種施策に取り組んでいることを具体的に解説して頂きました。さらに、人的資本経営の設計のために進めてきた「ISO30414プロジェクト」の成果についても説明されました。

小野氏の事例紹介に続き、パソナJOB HUBの岩田がモデレータを務め、「人的資本経営に対する経営陣のコミットメント」「取締役会・CHROの役割」「ISO30414との関係」「人的資本経営の実装と未来観」などをテーマに、西谷氏・島津氏・小野氏が議論を交わしました。

◆西谷 秀人 氏

経営陣に対しては、「そもそも人的資本経営とは何か」という質問から始め、理解してもらうことが一丁目一番地となる。人的資本経営のヒントは「人材版伊藤レポート」にも盛り込まれているので、組織的推進は難しいだろうが、根気よく提案していくことが必要。KPIは重要だが、一方でパーパス経営の観点から、自社の“WHY”であるパーパスを軸にして、どこにゴールを置くのか戦略を定めることはより重要だ。ゴールに到達するまではジグザグな道程かもしれないが、いろいろとPDCAを回しながら実践していくのが経営のジャーニーだろう。パーパスを軸とした人的資本経営の実装のためには、経営陣および人事部門のケイパビリティ向上も必要となるが、この実装が実現すればさまざまな側面で会社がイノベーティブになり持続的成長につながるものと確信している。

◆島津 裕紀 氏

検討会の中で、ある投資家が「人的資本経営にどのように取り組んでいるか、まずは企業の側からしっかりと説明をしてもらうことが重要」とコメントしていたのが、非常に印象的だった。CHROに期待されるのは、従来型の人事部長ではない高い目線を持った人事の戦略家であること。ISOなどのフレームや基準を活用する際には、完全準拠することを目的化しないよう気を付けるべき。現在はKPI地獄とも呼べるような指標が乱立した状況なので、「なぜそのKPIなのか」をキークエスチョンとして繰り返し検討し、引き算の発想をしていくことも大切になる。

◆小野 真吾 氏

経営陣に対して「人的資本経営とは何か」を説明してきたが、最初は理解されにくかった。事業戦略が変わるという文脈の中で、人材戦略を策定し、人材について定量化・定性化して対話すると、経営陣や投資家との対話で理解が進む。
CHROについては社内でさまざまな議論があったが、経営陣のメンバーとして変革や戦略をリードする主体的責任を持ち、自部門が関係する部分だけでないところまで発言しリードするポジションとして位置付けている。呼称はどうあれ、HR責任者が経営レベルの議論に常に参画することが必要で、それによってさまざまな打ち手が見えてくる。また、みんなKPIは大好きなので、美しいKPIを作ろうとしがちだが、経営と人事が連携して、実行面を意識して策定することが大切だと思う。データは重要だが、常にWHYに立ち返って議論をしていきたい。

◎フォーラムを終えて

  • フォーラムの内容は参考になりましたか
    (参加者アンケート結果から)

    グラフ
  • 参加者の意見・感想は・・・

    当社では今まさに人事戦略の立案に取り組んでいるが、本日のフォーラムは大変勉強になった。今まで私の中で、パーパス経営と人的資本経営との関係が点と点だったが、本日の講義を聴いてしっかりと紐付けられた。パーパスを軸に、その実現をめざすために、経営戦略と人事戦略は連動するものであり、実践するために社員への対話を進める、人事施策を立案し浸透・定着させるためにKPIを追っていく。もしかすると、まだ充分に理解できていないかもしれないが、伊藤レポート2.0をしっかり読み込んで、自社でもしっかりと進めてみたい 具体的な話や考え方までお伺い出来、とても参考になった。当社でも既に対応している点は多くあったが、それが現在の経営戦略に本当に沿った内容なのか、改めて社内で議論が必要だと感じた。KPI設定は引き算で・・・という点にも心して取り組んでいきたい 人材開発の部署に異動したばかりの私にとっては、まだ知らない言葉ばかりで正直少し難しいセミナーだったが、会社だけでなく国全体で『人的資本経営』という取り組みを進めていることを知り、恥ずかしながらまだまだ勉強不足だと感じた。人材開発は色々な部署との連携が本当に重要だと思うが、もともと現場にいた自分の考え等も活かしていけたらと思った 人材版伊藤レポートとパーパス経営の結び付きが、非常によく理解できた 特に三井化学の小野氏の講演が、考えさせられる点も多く、大変勉強になった 人的資本経営についての理解を深めることができた。トータルで2時間は参加しやすいのだが、大変充実した登壇者の陣容だったので、後半のパネルディスカッションの時間がもう少しあると良かった 今回は全般的・網羅的な内容だったので、次回以降は、企業として具体的に実施すべきことについて、他社事例なども含めて取り上げて頂けるとありがたい 人的資本経営の概論、官庁の推進状況、企業の事例と、幅広く有益な情報で、とても勉強になった。今後も、人的資本経営への具体的な取り組み事例をさらに伺いたいし、人事の課題感をより生々しくシェアできる場も提供して頂きたい 伊藤レポートにはとても興味があり、事務局をされていたパネリストの島津氏にわかりやすく、その状況や考え方を伺うことが出来、とても有意義だった。本テーマは今後も是非、継続して開催して頂きたい 三井化学の小野氏の取り組みは、戦略起点で構造化・数値化されており素晴らしいと思った。
    個々の社員が生き、イノベーションに繋がる組織・人的資本の指標化と取り組みがキーだと考えているので、今後も楽しみにしている
    2時間という限られた時間だったが、濃密なお話が聴けた。今後も、本日の三井化学のような具体的な取り組み事例を複数伺う機会があるとありがたい 非常に参考になった。昨今、人的資本経営が話題となる中で、その考え方や具体的な取り組み事例を知ることが出来て良かった。次回は更に深堀した内容、例えば人材版伊藤レポートに記載されていた19社の事例等を詳しく知りたい
  • 登壇者の感想は・・・

    Virtuous Capital LLC   西谷 秀人 氏

    Virtuous Capital LLC 西谷 秀人 氏

    「人的資本経営の推進は、今や世界的な動きです。企業の存在意義(パーパス)を軸に、人材戦略を経営戦略と連動させ、実効性を上げていくことが急務となっています。『人材版伊藤レポート2.0』の公表を機に、人事部門のトップがCEOと密接に連携し、イノベーティブで成長力溢れる企業経営を推進されていくことを心より願っています」
    経済産業省   島津 裕紀 氏

    経済産業省 島津 裕紀 氏

    「人的資本経営の実現は、実践と開示の両輪で進めていくことが重要です。実践に当たり、人事部門のトップは、人事部門の立場や考え方を主張するのではなく、経営者目線を持って、人事部門自身を変革できるかどうかが試されているのではないでしょうか。『人材版伊藤レポート2.0』がその助けとなれば幸いです」
    三井化学株式会社   小野 真吾 氏

    三井化学株式会社 小野 真吾 氏

    「『人材版伊藤レポ―ト2.0』の公表に伴い、『人的資本経営』がより注目を浴びています。今回は企業側の視点から、当社の人的資本の取り組みを簡単に紹介させて頂きました。事業成長のドライバーとなる人・組織文化。経営戦略と人財戦略を連動させ、実効力を上げるために、人事部門のリーダーシップが更に求められる時代だと思います」
    株式会社パソナJOB HUB   岩田 佑介

    株式会社パソナJOB HUB 岩田 佑介

    「パネリストの皆様のお話から、人的資本経営を推進するためには『どんな人事施策を実施するか、どのように情報開示するか?』という“HOW”だけではなく、『何故それに取り組むのか、何故この情報を開示すべきなのか?』というパーパスに紐づいた”WHY”こそが大切である、ということを改めて認識することができました」