社員の「働く」をデザインする
~個人と組織が共に創るウェルビーイング~
組織人事コンサルタント 加藤 守和 氏
このセミナーの案内を見る今日、企業の立場は「社員を選ぶ側」から「社員に選ばれる側」へと大きく変化しています。恒常的な人手不足、価値観の多様化、定年延長などの目まぐるしい環境変化の中、企業が成長し続けるには、社員の「働く」質を見直し、個人と組織のウェルビーイングを両立させるマネジメントが不可欠です。
そこで今回は、組織・人事コンサルタントとして数多くの企業を支援された加藤守和氏をお迎えし、エンゲージメントを高める人材ポートフォリオ設計や、ジョブクラフティングによる自律的なキャリア形成、挑戦を通じた成長促進の実践知などに関し、最新の事例をご紹介しました。
以下は講演の要旨です。
企業を取り巻く環境変化と課題
日本の少子高齢化による生産人口の減少が、企業活動に大きな影響を及ぼしています。業績や経営が堅調であるにもかかわらず、人手不足のために倒産する企業が急増。2024年には過去最多を更新し、現在も50%を超える企業が人手不足を感じています。こういた環境は働き手の就業感の変化につながり、転職市場における企業選びの軸は「働きやすさ」を重視する方向にシフトしています。
退職のトリガーとなる要因を聞いた調査によると、従業員が重視する項目として「ワークライフバランス」「組織から価値あるものとしての評価」「上司から価値あるものとしての評価」「所属実感」「昇進機会」「チームメイトとの信頼関係」「就労時間の柔軟性」などの内的報酬が挙げられています。一方経営陣は、「ワークライフバランス」こそ両者で一致するものの、「良い仕事が得られる機会」「不十分な報酬」「不健康」「家族のケア」「成長機会」「制御不能な業務機会」など外的報酬を重視すると回答。双方の認識にギャップがあるため、社員のために行った施策が空振りになっている可能性が見えてきます。
社員が重視しているのは報酬や立地ではなく、「働いていて気持ちがいい」と心の底から思えることです。企業と社員の関係性が変化した現在、会社は「人的資本経営」へと本気で乗り出すことが求められています。これまでは市場に代替できる調達可能な労働力があったため、人材は「コスト」であり、高待遇・報酬で人材を獲得・定着させるものでした。けれどこれからの時代、人材は希少な経営資源であり、社員は投資によって価値を高めるべき「資産」です。会社は社員に選ばれる立場であり、内発的充足で人材の貢献意欲を高め、活躍・定着を促すことが求められます。
そこで求められるのが「ウェルビーイング」です。
ウェルビーイングとは「幸福で肉体的、精神的、社会的すべてにおいて満たされた状態」と定義されます。その実現に必要な要素は「Work:夢中になれる仕事そのもの」「People:相互に敬意を持てるパートナー」「Community:誇りの持てる組織」「Life:充実したプライベートライフ」の4つ。本日は「Work」をテーマに話を進めます。
働く羅針盤となる人材ポートフォリオ
日本のビジネスパーソンは、諸外国と比べて「働く」ことに対する相対的な意識が低いことが明らかになっています。「働くことを通じて幸せを感じている」のは49.1%と、90%を越えるインドやインドネシアと比べて圧倒的に低い数値です。継続勤務を望む人は56.0%しかおらず、それでいて転職したいと考える人は25.9%しかいません。管理職になりたい人は19.8%、自己啓発をしていない人は52.8%と、いずれもキャリア意識の低さを示しています。
こうした傾向は、新卒一括採用を基本とする日本企業の人事慣行「メンバーシップ雇用」が原因と考えられます。欧米を中心とした「ジョブ型雇用」と違い、任命権が会社にあるため、数年で別のセクションに異動するのが一般的です。雇用の保全性が高いので安心して仕事に集中できる良さがありますが、キャリアに対する自己効力感が低く、キャリアは自分でコントロールできないものだと認識してしまうことがデメリットになります。そこで必要になるのが人材ポートフォリオです。
企業が取り組むべき方向性は、以下の2つにまとめられます。
1. キャリアの羅針盤となるポートフォリオの明示
会社が求める人材像を明らかにして、発信します。ここで重要なのは「人材像」や「行動原則」といった共通性・汎用性が高いものだけでなく、具体的な人材タイプや必要なスキル・経験まで解像度を上げていくことです。
人材ポートフォリオとは「人材の量と質を定義するもの」です。集中投資する事業と縮小撤退する事業のバランスをみる「事業ポートフォリオ」と同じように、求められる人材の基本的役割、経験・スキル、テクニカル・スキルなどをしっかり示すことで羅針盤となっていきます。大切なのは、将来的な経営・事業戦略と連動し、バックキャストで組織・人材を描くことです。将来のありたい姿(To Be)を軸に、現行の課題や組織の文化を踏まえた実現可能な姿(Can Be)へと落とし込むことが重要です。
2. 自己選択によるキャリア形成の後押し
会社主導の異動だけでなく、社員主導の異動(FA制度・応募制度等)を増やし、社員自身がキャリアに自己効力感を持てるようにすることが必要です。
幸福感を得るためには「健康」「人間関係」「自己決定」が影響する、という調査結果があります。中でも大きく影響するのが「自己決定」。幸福を感じるポイントは、一人ひとり、ライフステージごとに変わっていきます。ウェルビーイングな職場を実現するためには、本人以外の「誰か」が決めるのではなく、本人の自己意思によるキャリアの決定余地を尊重することが重要です。そのためにはキャリア機会をオープンにし、タテの挑戦(より大きな裁量を持った仕事への挑戦)とヨコの挑戦(新しい職務領域への挑戦)を促すことが求められます。実際に、社内にひとつの労働市場を形成し、求める人材と個人の意思をマッチングさせる企業が出てきています。ある企業では、「やりたい仕事ができなければ、人は辞めてしまう」という思想に基づき、公募を大胆に運用して大規模な人材流動を実現しました。運用を危ぶむ声もありましたが、結果として、各職場は積極的にビジョンを発信するとともに、エンゲージメント向上に本気で取り組むようになったといいます。
働く原動力を引き出すワークエンゲージメント
ワークエンゲージメントとは、仕事に対してポジティブで充実した心理状態を持つことで、「没頭:仕事にやりがいや誇りを感じている」「熱意:仕事に熱心に取り組んでいる」「活力:仕事から活力を得て活き活きとしている」の3つが揃った状態を指します。これを高めるための3つの方法を紹介しましょう。
1. 挑戦的なアサイメント
挑戦度合いと学びの関係は、「コンフォートゾーン(快適だが学びは進まない)」「ストレッチゾーン(成長実感と充足感が得られる)」「パニックゾーン(燃え尽きリスクが大きい)」の3段階があります。社員はこの3つを行ったり来たりしているので、上司に求められるのは、社員が今どこにいるのかを把握し、チャレンジングで刺激がある「ストレッチゾーン」へ導くことです。
2. 自分らしい仕事に取り組んでもらう(ジョブクラフティング)
ゴールに至るまでのプロセスに自分なりのやり方を奨励し、自己決定によるオーナーシップを持たせる。あるいは、メンバーの意思で近接する範囲まで仕事を広げるなど、仕事に一手間加えることで自分らしい仕事になり、仕事への愛着が深まります。仕事とは会社から与えられるものではありません。その人自身のクリエイティビティを発揮することで、働くことに充実感が持てるようになるのです。
3. 仕事の意義・意味を内省してもらう
仕事に意味・意義を感じている人はワークエンゲージメントが高く、行動の質も異なります。大切なのは、仕事をポジティブに捉え、単なる作業ではなく意味・意義を見いだせることです。具体的には「語る(仕事の意味・意義に関するインプットを蓄積させる/仕事がどのような価値を生みだしているかを伝える)」と「問う(本人に仕事の意味・意義を問い、内省が進むように仕向ける)」を繰り返すことで、内省が進んでいきます。
ワークエンゲージメントを高めるための取り組みとして、社内通貨を活用した仕事のマッチングを行うことで、個人が仕事を選択できる環境を整えた企業がありました。また、部門・職種・年齢・性別の異なるグループで「カタリバ・ワークショップ」を実施することで、刺激と内省を促す仕組みを構築した企業もあります。
経営環境の変化から働き手の確保は経営上の重要課題となっています。求められるのは「企業が社員を選ぶ」のではなく「社員に選ばれる企業」になること。そのためにポイントとなるのは「社員の内発的な動機」です。企業はキャリアの道標となる人材ポートフォリオを打ち出すと同時に、社員自身のエンゲージメントを高め、内発的にキャリアに取り組む仕掛けを講じていくことが重要だといえるでしょう。
◎フォーラムを終えて
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参加者の意見・感想は・・・
とても分かりやすい内容で、学びになりました。ありがとうございました。 社員のワークエンゲージメントを向上させるために必要な要素がよく理解できました。 社員に選ばれる会社になれるよう、変更を恐れず変えていかなければならないと改めて考えさせられました。 DEIやウェルビーイングなどの取り組みに対して経営層からの否定的な意見が多く、気が滅入っていたところなので、非常に参考になるお話でした。 日本のキャリア意識の低さが改めて印象に残りました。一つ一つのご説明は意識しているものですが、改めて整理ができた気がします。 -
登壇者の感想は・・・
組織人事コンサルタント 加藤 守和 氏
「多くの方に聴講いただき、ありがとうございました。また、たくさんの質問を頂戴し、ありがとうございました。わたし自身も多くの刺激を頂戴しました。これからの企業は「選ぶ立場」から、「選ばれる立場」へとシフトしていくことを強く意識しなければなりません。そのために、重要な要素は人材ポートフォリオとワークエンゲージメントです。今回の講演の皆様の関心の高さからも、あらためて、その想いを強くしました。今回は貴重な機会を頂戴し、本当にありがとうございました。」