「HRBPがビジネス側から「真のパートナー」と認められるための要諦」
~HR部門に求められる5つの役割~
株式会社インヴィニオ 代表取締役 エデューサー/組織能力開発ストラジスト 土井 哲 氏
株式会社AIメディカルサービス CHRO 井川 憲一 氏
近年、多くの企業で導入が進んでいるHRBP(HRビジネスパートナー)制度。
しかし、HRBPは、単に居るだけでは「コスト」にしかならないポジションであり、残念ながら「事業部側の御用聞き・下請け作業屋」になってしまうことも散見されます。
サポートする事業部側から「コストを掛けてでも居てほしい」と言われるためには、事業部の「何を知る(理解する)」ことが、HRBPへの信頼を深める一歩となるのでしょうか?
そこで今回は、HRBP/戦略人事に求められるスキルや資質を長年研究し、HRBPの養成も行っておられる土井氏と、複数の日本企業で長年HRBPを歴任された井川氏をお招きし、理論と実践を交えた「あるべき姿」(一般原則)をお伝えすることで、皆様が日常の仕事と結びつけてHRBPの在り方を考えました。
以下は講演の要旨です。
【PART1】講演
「HRBPがビジネス側から「真のパートナー」と認められるための要諦
〜HR部門に求められる5つの役割〜
株式会社インヴィニオ 代表取締役 エデューサー/組織能力開発ストラジスト 土井 哲 氏
戦略人事を提唱するデイビッド・ウルリッチは、HRBPに求められる5つの機能・役割を以下のようにまとめています。
1.戦略的ポジショナー
世界のビジネスの現状、業界の構造や競争のロジックを理解し、その現状から自社のビジネスへの意味合いを抽出し、自分なりのビジョンを持ち、ビジネス戦略に基づいた事業計画やビジネス目標の作成プロセスにも参加する。
2.組織能力の構築者
組織能力とは、組織の強みと売り(Unique Selling Point)等、個人の行動を超えて長く残るものであり、ときにはイノベーションやスピード、顧客重視の文化、効率性等が含まれる場合もある。
3.チェンジ・チャンピオン(チェンジ・エージェントから進化)
変革のために必要となる利害関係者を巻き込み、説得し、変革に同意させ、変革を最後まで見届ける(チェンジ・エージェントは変革の始動が主な役割)。
4.人事のイノベーター・インテグレーター
ビジネスが求めている成果、重要な課題に基づいて、明確かつ正確な順位をつけ、人事部内の業務プロセス、構造を連携させる。
5.テクノロジーの提唱者
C&B、給与計算等の効率化に留まらず、①社内外のエンゲージメント(SNS等の活用)、②情報管理(必要な情報を取捨選択して有益な知識としてまとめ上げ、経営の意思決定に活用できるものにする)の2つの役割が追加されている。
私が手法を学んでいるAlignOrg社は、戦略遂行に必要な組織能力を高めるための組織デザインに特化したプロフェッショナル集団です。「組織開発は業績に直結するものでなければ意味がない」「業績に直結するのは企業の優位性である」を信条とし、「日々の活動が変わらなければ出る結果も変わらない、だからこそ活動を変える!」という明快なスタンスで、アライメント・コンサルティングを行っています。それと同時に、これを実践できる真のHRBP育成にも取り組んでいます。
AlignOrg社は、いわゆるプロセス・コンサルティングを提供する会社です。以下のようなフレームワークを使い順番に議論することで、戦略実行のための最適な体制構築を行っています。
環境分析→戦略の明確化→組織能力の言語化・可視化→組織の6要素に落とし込む組織の6要素とは「業務プロセス」「構造とガバナンス」「情報と測定基準」「人材と報酬」「継続的改善の仕掛け」「リーダーシップと組織文化」であり、これを設計することを「組織デザイン」と呼んでいます。
すべてを実行するのは大変ですが、私の経験から、事業のリーダーシップチームにHRBPの価値を感じてもらい、頼りになる存在として認識してもらうためには、まず5つの議論をファシリテートすることが有効であることがわかりました。その中から今回は、「戦略の明確化(ターゲット顧客と提供価値の定義)」と「組織能力(活動システムマップ)」を高めることについてお話しします。
次に「組織能力」。これは一連の活動によって発揮されるものです。マイケル・ポーターは「活動システムマップ」という形で組織能力を言語化・可視化することを思いつきました。
まず中央に「差異化された提供価値」を置き、これを実現するために必要な「組織能力」を周囲に配置。その能力を発揮するために実施すべき一連の活動を列挙していきます。
活動システムマップを作ると、必要な活動が具体化されるだけでなく、業務プロセス(カスタマージャーニーを意識した業務プロセス、DX化のポイント)、人財・人事制度(必要人材の種類・需要予測、キーポジションおよび職務に就ける人の要件、職務定義、スキルマップ、目標・評価基準)、組織・体制(最適な組織構造、部門間連携のあり方)なども見えてくるので、私はこれを使いながら事業リーダーをファシリテートし、ディスカッションを行っています。
【PART2】講演
HRBPをやってきて気づいたこと(失敗から学んだこと)
株式会社AIメディカルサービス CHRO 井川 憲一 氏
本日は、15年以上前の話ですが私が駆け出しのHRBPだった頃に取り組んだ象徴的な事例をご紹介します。
A. 人事・組織課題の抽出と打ち手の提案
B. エンゲージメントサーベイ結果に基づく課題抽出と打ち手の提案
C. 事業部各機能組織の役割責任明確化
D. 機能別組織からエリア別組織への組織体制変更
それぞれの表題と取り組み事例から、どれも戦略人事的なテーマ名で似通った内容に聞こえるのではないでしょうか。ただ、どのケースも真摯に取り組んだにもかかわらず、ビジネス側からもらったフィードバックは大きな差がありました。A、Bに関しては「現場を知らないコンサル上がりが何を言っている。人事がやりたいことの押し付けじゃないの?」。C、Dでは「人事として居てくれてありがとう!」。なぜこれほど受けとめに差が出たのか、何が自分に足りていなかったのかを振り返ってみました。すると、3つの反省点が見えてきました。
1.トップが気になっていることに向き合えていたか?
Aのケースでは、前任HRからの申し送りを鵜呑みにし、ビジネス側のトップが本当に解決したいことや現場の実態を確認せずHR側の判断で実行。Bのケースでは、事業部長が「本音として何を気にしているか」に向き合いきらないままサーベイ結果をもとに課題解決活動を実施。これが「HRの押し付け」といった反応を買う原因になったと考えられます。
2.異論/反論があってもやり遂げる覚悟があったか?
振り返って考えてみると、「あなたの組織の課題はこれです」と提案した後、ある事業部長から「そんなこと分かってる、何コンサル上がりが知ったようなことを」みたいに言われて怯んでしまった自分がいました。しかし、考え抜いた「根拠」とこの組織をよくしたいという「信念」をベースとしたやり遂げる覚悟があれば、異論に対して「なぜならば」としっかりと意見できたはずです。それができませんでした。
3.そもそも人事として信頼されていたか?
こちらの課題解決提案が仮に的を得ていたとしても、人事のプロとして信頼される関係が構築できていない相手の話に耳を傾ける人はいないでしょう。そこの自己認識も、当時の自分にはできていませんでした。
このA・Bのケースで起きた3点を猛省し、足りなかったことを埋める行動をしたことで、C・Dのケースでは「居てくれてありがとう!」という声をいただけるようになりました。現在私は、人事として一定量の知識・経験・見識は身に着けて来たと思っていますが、今でも職場を定期的にウロウロしながら、立場も雇用区分も関係なくあらゆる人たちと雑談し、「現場が経営の発信をどう受け止めているか」「現場が気にしていることは何か」にアンテナを張りながら声を聴くことを大事にしています。その結果、もし「事業トップが発信していることと現場の受けとめ」や「経営が大事にしようとしていることと現場が気にしていること」等の間にズレがあると分かったら、そのズレが生まれた原因を考えるようにしています。また、現場を徘徊することで、仕事の流れや組織や人の課題なども見えやすくなるので、「これは変えなければダメです」「これは絶対にやった方がいいです」ということを、過去に比べて覚悟を持って言えるようになりました。
こうした経験から、①に対する答えとして私が導き出したのが「51:49」という数字です。
人事は階層に関係なく人に値段をつけずフェアに扱うべきだ、という考え方を常にベースとしています。ただ私は、ちょっとだけ人・組織について意思決定ができる立場に寄り添おうと考えています。この意思決定できる立場、経営トップや事業部長等といった側に「51」、それ以外の方に「49」というバランスで接するという意味です。事業側がミッションを達成するために行う人・組織に関する判断を適切なものに近づけるサポートをする、それがHRだと考えています。この判断する立場の傍で、HRBPは、責任と覚悟を持って「決める」立場を支援することだと考えており、少しだけ多めに意思決定者に寄り添うことが必要だ、と考えるようになりました。
②については、以下の3つを大切にしています。
・人事プロフェッショナルとしての「軸」
・これは絶対にやった方がいい、という「信念」
・自信を持って説明できる「ロジック」
そもそも「軸」が備わっていない人事は信頼される土俵に立てません。また、提案や意見具申をする際は思い付きではなく「信念」をもって伝えることも必要だと考えます。ただし、何を言っているのか理解されないと話になりません。従って、軸と信念を持って伝えることを、相手が理解できるような「ロジック」で伝える、これが揃ってHRの意見や提案が伝わっていくと思っています。
③については、一般的に言われている古典的な考えですが、「Effectiveness(効果)=Quality(質・方法)×Acceptance(受容度)」という公式を大事にしています。た。これは、どんなにHRが綿密な準備をもとに、質の高い提案やはっしんをしても、受けとめる側が「聞こうとしている状態になっているかどうか」、まず相手のAcceptanceを気にすることが必要だと考えています。相手が自分の話を聞く状態になっているか、物理的・精神的に受けとめる余裕があるか等といった相手の状態に思いを馳せることで、伝えたいことのQualityがより高まり、Effectivenessが上がります。
HRBPの仕事に「気にしすぎて気にし過ぎ」はありません。顧客が気にしていることに向き合い、軸・信念・ロジックを持ってきちんと伝える。その際も相手に「聞く準備ができているか」に思いを馳せることで、HRBPとしての信頼の貯金が積みあがってきたものだ、そのように自分を振り返ってと感じています。
【PART3】 パネルディスカッション
「ウエルビーイング」で考える、働きがいと働きやすさ
[パネリスト]
株式会社インヴィニオ 代表取締役 エデューサー/組織能力開発ストラジスト 土井 哲 氏
株式会社AIメディカルサービス CHRO 井川 憲一 氏
土井氏
「「人事畑で純粋培養された人にとってHRBPはハードルが高いのでは?」と問われることがあります。でも、事業に興味のある方なら難しいことではないと思うので、ぜひHRBP講座で手法を学んでください。いきなり事業部門の活動システムマップを作ることは難しくても、人事部門の活動から着手することもできます。」
井川氏
「「活動システムマップをきちんと整理して書く」という状態までされていなくても、どんな活動が、どんな価値につながるか、関連を言語化し、ビジネス側と人事側が同じものを見ながら紐解いていくことは有効ですよね。」
土井氏
「そうですね。たとえば、活動システムマップの中心に置く「提供価値」は共有されていると思っていたのに、実際に言語化してみたら意外と違っていた、ということは少なくありません。」
井川氏
「マップの中心「提供価値」の部分が現場まで正しく伝わっていないこともよくあると思います。例えば、過去のケースを紹介します。経営層で承認された事業計画の資料、これらがレポートライン通じてメンバー層に展開されたとしても、一般的にこの手の計画書はボリュームがありすぎるので、そのまま現場に落としても多くのメンバー層は興味を示さないか、読み切れずに理解することあきらめてしまうことが往々にしてあります。例えばそんな時、HRBPが事業計画書の内容が現場にわかりやすく伝わるよう、コンパクトにまとめるお手伝いをしてみる。これは、現場にきちんと内容が伝わるだけでなく、自分自身も理解が深まるという二重の効果をもたらすことにもなり、事業トップからはHRが「居てくれてありがとう」と感謝される一つのケースでした。」
土井氏
「One on Oneをやる際は、活動システムマップを作っておくとよいと思います。「あなたにはここをやってほしい。こういったスキルが必要になるけれど、サポートするので学んでみないか」といった具体的な話ができますから。」
井川氏
「HRBPとしては、組織のトップが自分たちのミッション達成に向け、人・組織のことで何を悩んでいるか・何を解決したいか等、気にしていることを正確に確認することが大事だと思っています。」
土井氏
「施策の進捗状況、改善内容の報告など、トップが気にすることは組織によって異なりますからね。組織のトップの関心事に合わせて自分の活動を決め、報告することが大切です。自分が報告したいことだけやっていたのでは意味がないし、評価もされませんよね。
事業リーダーで悩みを抱えていない人は一人もいません。いきなり戦略から入ると難しいと感じるかもしれませんが、悩んでいるところを探り、入口を作ることが重要だと思います。」
井川氏
「小さなことでも約束を守る。信頼はその積み重ねから生まれます。これからHRBPを立ち上げる方、チャレンジ中で難しさを感じている方も、小さなことでいいので「居てくれてありがとう」を積み重ねていきましょう。地道にやっていくことで、人事施策などに耳を傾け、受け入れてくれる関係を築けると思います。」
◎フォーラムを終えて
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参加者の意見・感想は・・・
理論と実際の体験に基づく経験談をお伺い出来たのが非常に良かったです。 HRは事業のBPになり得るのか、ずっともやもやしていた点がかなりクリアになりました。 とても参考になりました、何らかの形で今日得たエッセンスを実践してみようと思います。 他社でHRBPがどのような動きをしているのかを知る事ができ、参考になりました。事業サイドを連携して具体的に前に進めていくためのファシリテーションのスキルを学び直し、重要な役割を担っていく必要性を再認識しました。 今年度よりHRBPにアサインされ、手探りで始めている状況で今回のセミナーに参加させて頂きました。HRBPとして人事の専門性をどのように発揮していけば良いのか、動き方を見直す良い機会になりました。 受講者から寄せられた質問に対し、その場で回答いただいた点が特に良いと感じました。同じ研修を受講する他社の人事担当者の方が、今何に問題意識を持っているのかがよく理解できました。 自社に合ったHRBPの形を模索中ですが、Howに議論が行きがちなところ、改めて戦略や部門長の悩みに光を当てるという点は、要所要所で立ち返るべき場所として再認識できました。 -
登壇者の感想は・・・
株式会社インヴィニオ 代表取締役 エデューサー/組織能力開発ストラジスト 土井 哲 氏
「最後に申し上げたとおり、人や組織の面で悩みを抱えていない事業リーダーは一人もいないと思います。戦略の議論から入るのが難しいと感じられる場合は、まず、リーダーが一番悩んでいらっしゃることがらに向き合うのが、その後の関係発展のためにも重要だと思います。そしてぜひ戦略の議論にもチャレンジしてみてください。我が社は顧客の期待以上の価値を提供できているのか、競合とは十分差異化されているのか、そこを一緒に考えるのが鍵です。」
株式会社AIメディカルサービス CHRO 井川 憲一 氏
「ご清聴いただき感謝申し上げます。HRBPは目的ではなく手段です。人事が実現したい目的を明確化し、顧客理解と信頼の貯金を着実に蓄え、その土台の上で軸・信念・ロジックを忘れず職務を遂行すれば、必ずその存在意義は認められます。皆さまの参考になれば幸いです。」
