ホームセミナーセミナーレポート人事実践セミナ 2023年5月11日

セミナーレポート

人事実践セミナー

「知を共有する組織へ」 上司は教え方を変え、部下は学び方を変える!
〜人的資本・知的資本から考察する、知的生産性を高める働き方〜

株式会社ベーシック 代表取締役 社会構想大学院大学 教授 田原 祐子 氏

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「人的資本経営」が叫ばれる中、社員個人が持っている様々な知識・経験・ノウハウなどは企業にとって大きな資産です。今、社員の“知”を共有・活用することにより、組織の生産性や競争力を高める「ナレッジマネジメント」の重要性が高まっているのです。
本セミナーでは(株)ベーシック代表取締役の田原祐子氏をお招きし、働き方や価値観の変化に伴い、従来のOJTによる知識や経験の共有・継承が難しくなる中で「気付き、考え、創意工夫する」人材を育み、そのための教え方と学び方を変え、知を共有する組織をどう構築していけるかを学びました。
以下は田原氏の講演の要旨です。

1.人的資本経営・コーポレートガバナンスの視点から

ナレッジマネジメントとは何か。ナレッジマネジメントシステムの国際規格ISO30401によると、「知識」は”学習又は経験を通じて獲得される”ものであり、「ナレッジマネジメント」は、”知識に焦点を当て、組織のパフォーマンスを改善する包括的・機能横断的な分野及び一連の実施”と定義されています。
ナレッジマネジメントシステムISO30401規格化の背景は、2015年のISO9001(品質管理のマネジメント)を実行する上で、「組織的な知識のマネジメント」が必須となり、ナレッジマネジメントの要請が増大したことにあります。ナレッジマネジメントが強化されることで、学習・実践・共有を通じ、組織内の人々の専門能力開発の機会が生まれ、それを通して地理的に分散された組織であっても複数の場所で同じサービスを提供することや、専門家によって保持されている重要な知識が、彼らの退職の際に失われるリスクを防止することが可能となります。

人と組織の強みを活かし企業の力にするためには、組織でナレッジを共有・進化させるしくみが重要です。人事部門が中心となり、人材育成のしくみづくり、学習(知のアップデート)する組織、ナレッジマネジメントという三位一体のPDCAを回していくことが必要です。

人的資本・知的資本は、企業価値を生み出す源泉です。人材版伊藤レポート2.0の3つの視点・5つの共通要素における「知・経験のダイバーシティ&インクルージョン」は、まさに知的資本に繋がります。人的資本経営は「実践」と「開示」の両輪です。人材版伊藤レポート2.0やIIRCの国際統合報告フレームワークの全体像を俯瞰して見ていくことで、自社の統合報告書を作成する際や、自社の価値創造のしくみをつくる際のヒントが見つかるのではないでしょうか。

2023年3月、内閣府より「知財・無形資産の投資・活用戦略の開示及びガバナンスに関するガイドライン」が公表されました。今後の日本では、無形資産を有形にし、一人ひとりの人材の力をどう発揮していくかを考えること、そのためのナレッジマネジメントによる暗黙知の形式化が非常に重要であると考えます。

2.人材育成・組織開発の視点から

① 人材育成(OJT):ナレッジをどう教えるか

氷山モデルにあるように、表面に見えているものが形式知、水面下にあり目に見えないものが暗黙知です。暗黙知は実は上司が持っているのですが、自身の暗黙知に気付かずに形式知化できていないことが多いのが現実です。企業内の人材育成の80%は、OJTによって実施され、その内容の大半は上司の背中を見て育てる方式です。ハイコンテクスト文化である日本であっても、テレワークなどの様々な制約条件がある中では、この方式だけでは、なかなかむずかしいのではないでしょうか。「刷り合わせ文化」では、暗黙知が多く、形式知化は不可欠です。失われた20年の間に求められる人材像も変化したため、自社にとっての重点項目は何かを考えると同時に、人材をその人の保有する知識やスキル・強みで見ることや、日本にあったジョブ型のしくみの活用が必要だと考えます。

② 1on1ミーティング:仕事をする上で効果的な1on1とは

世代による価値観は、今や競争から協創へと変化しており、現代の新入社員が、仕事をする上で重視するキーワードは「成長」と「貢献」であり、「やりがい」や「仲間」がそれに続くという結果です。また、上司に期待することは「相手の意見や考え方に耳を傾けること」「一人ひとりに対して丁寧に指導すること」が多いという結果も示されました。これらの事からも、対話は非常に重要ではあるものの、しくみで変革をしなければならないと考えます。社内のベテランや成果を出す人などが持っている暗黙知を形式知化する、つまり目に見えるようにしてあげること(チェックリスト・マニュアル・SFA・共有フォルダなど)により、暗黙知を学ぶことができます。

③ 上司が暗黙知を教え、部下が暗黙知を学ぶ…フラットな組織でナレッジをどう教えるか

ナレッジマネジメントは、部下・上司・企業の三者にとって、それぞれのメリットがあります。

まず部下にとってのメリットは、以下2点です。
■知識・ナレッジスキルを最速で習得できる
■上司との「コミュニケーション」が円滑になる
前述の調査結果のとおり、現代の新入社員は成長意欲が高いため、今後は欧米では、かなり前から導入されているCKO(Chief Knowledge Officer)のように、ナレッジを体系的に整理し、教えるしくみづくりにコミットする人も必要になってくるかと思います。また、手順とナレッジを分けて考えるKnowledge & Wisdom Listに、気付いた事やナレッジを文字情報として追加していくことも得策です。このような可視化されたリストは、部下と上司のコミュニケーションツールや組織のルールブックになります。
人材育成においては、大切な「幹=業務そのもの」を理解した上で、幹のどの部分に枝葉があるかを知り、そこに必要な知識・情報を筋道を立て考え、統合して教えていくことが必要です。これにより、生産性が向上し、部下の育成に役立ち、ナレッジマネジメントが定着したというデータもあります。

次に上司にとってのメリットは以下の2点です。
■上司自身の知識・スキル・コンピテンシーの可視化
■上司の持つ暗黙知を業務に活かす
上司の暗黙知を形式知化することで、日頃の指導や1on1が上手く行くことや、部下から尊敬されることにも繋がります。暗黙知を形式知化することは、あらゆる部門・業種・プロジェクトにおいて可能です。また、個人のナレッジの見える化は、スキルの可視化やセカンドキャリア支援にも効果的です。暗黙知を形式知化すること、自身のナレッジを棚卸することで、「同職種×異業界」や「同業界×異職種」といった組み合わせ自由なキャリアを築くことも可能になります。

最後に、企業にとってのメリットは以下の3点です。
■暗黙知を文書化(マニュアル化)するしくみの構築
■社内インストラクターの養成
■知を共有する組織文化の醸成
例えば、社内インストラクターや実務家教員など、ミドル・シニアにとって意欲が持てるような、新たな活躍の場をつくることも必要なのではないでしょうか。本人にとっては自身の知識(専門性)の棚卸となり、暗黙知を形式知化することが可能に、一方の企業にとっては、社内に知識・暗黙知を伝承・蓄積・活用することが可能になります。

3.これらの課題を解決するための具体策

ナレッジマネジメントのフレームワークであるSECIモデル、そして「フレーム&ワークモジュール®」の7つのステップにより、業務を可視化し、どこに暗黙知・課題があるかを明確にしていきます。まずは、ワークフロー・業務プロセスを磨き、ある程度標準化させることで、組織のパフォーマンスが高まります。
このように可視化しておくことで、会議においても報告と対処で終了することなく、会議参加者全員がそのケースにどう対応するかを学習することが可能となります。上司と部下が、同じ内容を双方向で学び実践することで、仕事を通じたノウハウを共有でき、それにより一過性ではなく”コミュニケーション”と”組織風土”が変わっていきます。また、本質的且つ根本的な組織改善の取り組みとなり、「進化し続ける学習する組織」を実現することに繋がっていくのです。

4.まとめ

■自身の組織でKnowledge & Wisdomリストを作ってみる
→その際は必要なリスト・即役立つリストからまず作成する
■暗黙知の形式知化のワークショップを実践する
→暗黙知の形式知化のおもしろさを体感する
■人的資本経営に、無形資産・知的財産の考え方を取り入れる
→経営層に響き、企業価値向上に役立つ資料を作成し提案を行う
■キャリア面談等に役立てる
→自身のキャリアに役立てる
■これを機会にCKO(Chief Knowledge Officer)になる
→まず手始めにKL(Knowledge Leader)から…

私たちは、ナレッジマネジメントで人材と組織の潜在能力を最大化させ、成長する喜びを支えていきたいと考えています。

◎セミナーを終えて

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    形式知化の重要性は認識しているものの、メンバー間の温度差などが気になっていた。ナレッジミーティングをうまく取り入れていきたい。 知の共有がいかに人を育て、会社を成長させる力になるか学ぶことができた。また、人事として、まだまだ勉強不足だなと痛感した。 今日お聴きしたことを、もう少し自分でイメージできるよう、後日送付される資料をよく読んでみたい。 形式知化への具体的な取り組み方や、部下の思考を理解することの重要性など、今後の取り組みに役立つお話を伺うことができた。 ナレッジと言うとむずかしく考えてしまいがちだが、「暗黙知」という日本語を使ってもらい、理解が深まった。むずかしくすることが良いというような風潮を感じることがあるが、抽象化し単純にしていくことが大切だと腹落ちしたように感じる。 4年ほど前からナレッジマネジメント(以下KM)の大切さはずっと感じており、一度社内で某社の方を招いてZoomでKMセミナーを開催した。出席者のみなさんにはKMの大切さを感じてもらったのだが、「具体的な行動には結び付かなかった」のが現実だった。そのため「組織の人を動かすのは無理だな」と「諦め」の思いがあり、しばらくKMから離れていた(KM学会個人会員でもあるのだが、最近は参加していない)。今回のセミナーでの実践内容(Knowledge & Wisdom List )についても、似たような取り組みを現在でも実践している。しかしながら「やっているのは私だけ」のような状況が続いており、「どうやったらみんなが動いてくれるか」というのがずっと課題のままだった。今日のセミナーを振り返って、「さらにできることは何か?」を再度考え、また一歩踏み出してみようと思う。 学術的にもSECIモデルを論拠とし、その具体的な実践方法まで明らかにされ、とても価値ある講義をしていただいた。また、いわゆる1on1の効果と比較し、仕事を通じて上司と部下のコミュニケーションができると同時に、上司の暗黙知を形式知化でき、三方良しになる取り組みだと理解した。 暗黙知の形式知化はまさに検討していたものだったので、大変参考になった。 ナレッジマネジメントについての網羅的な説明があり、体系だった理解が進んだ。人的資本に関する注目度が高まっている中で、なぜ現在その必要性が言われているのか?等の基本的なことも説明して頂き、とても分かりやすかった。またナレッジマネジメントの手法に終始することなく、当事者の心理面についての説明もあり、実践的な内容だった。 弊社は社会人教育や教育体系づくり、効果測定などに特化した企業だが、小規模のため、ナレッジが俗人化しがちだが、本日のセミナーでのお話を参考にしながら、ノウハウの共有をしていきたいと考えている。異文化コミュニケーション学会において、異文化におけるコンピテンシー開発に現在も取り組んでいるが、その際も、本日のお話が大変参考になると思った。 ナレッジマネジメントを初めて学んだが、大変興味深く参加できた。私自身、新卒で今の会社に入社し、定年を間近に控えている。定年後も再就職の形で同社に残り、勤務するので、まさにKnowledge & Wisdom List をつくるべき時だと感じた。今感じている業務の勘・コツを伝えきれていないもどかしさは、暗黙知が見える化できていないことにあると気付き、目から鱗が落ちた。作ったら終わりではない、アップデートできる仕組みにしていきたいと思う。 ナレッジマネジメントの重要性は理解するものの、実際の暗黙知の形式知化にかかる人的、時間的コストや、そのメンテンナンスコストなどを考えると、優先順位付けや形式知化のノウハウなどが重要になってくると思った。 暗黙知を形式知化することで、組織全体のスキルアップや生産性が上がると感じた。一方で「面倒くさい」という声が聞こえてきそう。小さな成功体験を積み重ねていくことが大事だと思った。また、気になったのは、蓄積したナレッジも古くなり、変わっていくと思うので、蓄積すること以上に、蓄積したものを常にブラッシュアップすることが難しそうに感じた。そしてナレッジの更新をどうシステム化していくのかが、気になった。
  • 登壇者の感想は・・・

    株式会社ベーシック 代表取締役 田原 祐子 氏

    株式会社ベーシック 代表取締役 田原 祐子 氏

    「これからの時代、上司が自らの暗黙知を部下に教え、企業全体の知的生産性を高めることは、人材・組織・企業のサスティナビリティ・レジリエンス強化に繋がり、日本の強みを活かす大切なポイントです。知的資本と人的資本は密接に繋がっているため、重要な役割を担う人事部門の皆様に、少しでもお役に立てていただけたなら幸いです」