ホームセミナーセミナーレポート人事戦略フォーラム 2023年7月27日

セミナーレポート

人事戦略フォーラム

“キャリア自律”時代の働く人と企業にとっての専門性と専門性意識

青山学院大学 経営学部教授 山本 寛 氏

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“キャリア自律”が必要となった今、自らの『専門性』を獲得し、深め、磨き上げることは、個人・企業の双方にとって非常に重要なテーマです。
今回の人事戦略フォーラムは、青山学院大学の山本寛教授をお迎えし、専門性を活かした個人のキャリア形成と、個人の専門性を向上させる組織という双方の観点から「専門性」を考察すると同時に、分野や職業・職種ごとの専門性の深化と、分野間の専門性の共通部分の明確化やその橋渡しという点について、お話をいただきました。以下は講演の要旨です。

1. 社員の専門性の向上はなぜ重要か ~ジョブ型雇用、リスキリング、専門職制度等の観点から~

企業間競争が激化している現代、組織は社員の知識や”専門性”を重視する方向に転換しており、企業の成長を持続させるためには、経営者・管理職・人材開発部門の担当者は、社内で必要な”専門性”を定義し、あまり必要でない知識から識別し、育成する必要があります。パーソル総合研究所の調査によると、働くことを通じた自身の成長に関して重視する項目に「”専門性”の向上」を挙げる人が「報酬の向上」に次いで第2位でした。また、日本能率協会の調査では、会社員生活において大切なことに「人に負けない”専門能力”・技術や資格を持つ」ことが上位に挙がっており、これらのことからも、現代の組織や働く人の多くは、高い専門性・専門能力や知識を持つことを志向していることが分かります。また、欧米での主流であるジョブ型雇用も日本国内で拡がりを見せており、2023年現在、4社に1社が新卒採用にもジョブ型雇用を導入しています。
現代は、スキルの陳腐化の進行が速く、保有するスキルと職務で求められるスキルのミスマッチが拡大しています。AI等成長分野での新しいスキルを身に付けるリスキリングが求められており、数カ月~1年が想定されるリスキリングにおいても、新たな専門性を獲得することは十分可能です。
またライン管理職とは別に、企業内専門職や組織内プロフェッショナルといった「社内専門職」を職位として位置づけ、社員の専門的能力を評価しようとする動きも増えており、社員の専門性を高めるためには、管理能力以外の高度な専門能力を正しく認識し活用していく必要があるのではないでしょうか。

2. 専門性や専門性意識とは何か

「専門」とは、集中して取り組んだ分野(学問・職業や関心事)の種類や領域で、従事する分野のカテゴリーを示すため、専門の違いは質の違いであり、高低を捉えるものではありません。「専門性」とは、それに加えて傾向の高低を指す場合があり、分野や内容は異なっても、その高低の比較が可能です。専門性は、際限ない細分化が可能であり、組織内外において、他者、特に同分野・関連分野の専門家からの評価が必要となることが特徴として挙げられます。また、働く人を専門家と非専門家に二分化するのではなく、誰もが高い専門性を持つことが出来ると考えるべきです。
専門性は、グローバル化・IT化等により、これまで求められてきた内容が旧くなってしまうため、再開発やリスキリングが必要です。それと同時に、専門性を発揮するためには、組織文化・職務遂行上の手続・システムや戦略の変化に伴い、諸々の新しい環境に適応する必要があります。顧客も変化しているため、他者から専門性が高いとされること、そのためには他の専門家からの評判やその専門性に対価を払ってくれる顧客獲得のための努力が重要です。また、ひとつの専門性に拘ることなく、イノベーションに柔軟に対応し、新しい専門性を獲得出来る”フレックスパート”(I型ではなく、T型・π型・H型の専門人材:Flexpert)と呼ばれる人材も必要とされて来ました。
「専門性」の中身は人により異なり、同じ専門職でも専門性の直接的な比較は不可能なため、人々が持つ自らの専門性に対する意識(専門性意識)の観点から専門性を捉えることが必要です。「専門性意識」は、その高低に関わらず、全ての人々が持っており、同時に自分の専門性意識自体を他人と比較することが可能です。「専門性」と「専門性意識」は密接に関連しており、専門領域を決めることが専門性向上に繋がり、その反対に専門性の向上に伴い、専門性意識が高まる傾向もあります。自身の専門性を確立し、最大限の努力をしていく”専門性コミットメント”が非常に重要です。

3. (実証分析)専門性マネジメントとしてのキャリア自律重視のキャリア開発

組織においては、一人ひとりの従業員が、特定の職務分野ごとにある程度高度な専門性を有することが必要であり、彼らを採用し定着してもらうため、組織は、学習機会や専門知識・スキルを向上させるチャンスを与えることが重要です。これまでは、専門知識に関する諸資源を、開発・統合等の観点から管理するナレッジ・マネジメントが重要でしたが、暗黙知等、専門知識の完全な移転は不可能であることから、ナレッジ・マネジメントの観点だけでは不十分であり、専門知識を有している社員のマネジメントである「専門性マネジメント」が必要となって来ています。終身雇用・年功処遇の崩壊、昇進の遅れ等により、組織は雇用保障・収入の安定的増加・昇進等を社員に約束できなくなり、働く人からも期待できない時代です。働く人は、組織に全面的に依存せず、キャリアを発達させることが求められ、組織は、働く人自身のキャリア発達を側面から援助するという役割が重要です。例えば、社内人材公募制度やキャリアデザイン研修等、組織が社員に選択の機会を提供すること。人は自ら選択することで、自身の行動の根拠を意味付けられ、納得して活動に取り組むことが可能となります。したがって、幅広い自律性を考慮した組織のキャリア開発が、専門性マネジメントとして機能するのではないかと考えています。
看護師を対象に実施した「専門性マネジメントの成立」と「専門性マネジメントの有効性」の実証分析では、専門職中心の組織における専門性マネジメントとして、キャリア自律重視のキャリア開発が機能することが分かりました。また、別の調査でもキャリア自律重視のキャリア開発を行うことで、社員の職務満足や組織に対する評価が高まり、それに加え専門性意識の向上効果も発揮されることが明らかになりました。
専門職中心ではない組織において、中堅社員には、担当している職務で必要とされる専門性の向上が求められます。組織が向上を求める専門性の分野と本人の将来のキャリアの柱が一致している場合には、専門性向上に向けたモチベーションも低くありません。しかしながら、組織と個人間での専門性のベクトルが一致しない場合、本人の意向を聴き、それを考慮することが、そして最終的には個人別の専門性向上プログラムが必要となってくるのではないかと考えます。
今後は、「キャリア自律重視のキャリア開発」を、本人の知覚だけでなく、具体的な施策で調査することや、個別職業や職種に限定されない専門性を測る指標を検討する必要があります。一般企業でも、自律性を重視しプラスの効果を生むには、高い専門性や専門性意識が必要となるでしょう。

4. まとめ

IT化やAIの導入により、専門性の重要度は増大しています。専門性は、陳腐化しやすいスキルやその集積より、就職や転職等、働く人のキャリアに大きく関わります。また、DX経営に資するスキル習得に集中し、組織主導で比較的短期での成果に期待する「リスキリング」とは異なり、専門性には働く人のキャリア自律の観点が強く関係します。それと同時に、専門性の問題は、その育成・活用や資格化等、多岐の領域に亙り、国・公共団体・民間企業・学校・学生・働く人・研究者等多くの関係者が関わり、それぞれの立場で知見を結集すべきですし、グローバル化の進展により、国を超えた英知の結集も期待されます。

◎フォーラムを終えて

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    グラフ
  • 参加者の意見・感想は・・・

    専門と専門性の違いは興味深かった。今まで無意識に使い分けていたことに気付かされた。この言葉を意識して使い分けると、社員により伝わりやすくなると感じた。 専門性は他者に評価されるものであり、対人関係や社会的知能の高さも同時に必要であるという観点や、働く人のキャリア自律と専門性向上意識の関係性についてとても参考になるお話で、改めて考えたいと思った。 専門人材のキャリア形成のあり方について、専門性を深めることと拡げることが重要だということが、今後弊社で施策を検討する上での参考になった。 自社の業務内容は、一見ジョブ型が合うように思えるが、ある程度のレベルの専門性は求められるものの、高度な専門家を活かしきれない。長期的な雇用を前提とするメンバーシップ型雇用の方が適していると思われるが、専門性獲得に魅力を感じる若手社員の期待とのミスマッチが生じると思った。そして、何を自社の強み・魅力としていくかが難しいと思った。 今後の従業員教育の根幹として、専門性向上をキーにすべきことを改めて認識した。 専門性を高める事とそれによる属人化の問題は、兼ねてから疑問だった。「属人化は良くないが、そうは言っても誰でもできる状態に完全になってしまうと、自己効力感が減少するので、バランスである」というご説明は、非常に納得感が高かった。40年同じ業務でキャリアを全うできる時代では既にない、と言われている割には、まだまだ実態として、違う領域でセカンドキャリアを歩むシニアは少なく、消極的就労を継続しているように感じる。シニアからすれば「これまで会社都合で使われてきたのに、急にキャリア自律と言われても」という感じもするのだろう。そのようなシニアの存在が若手中堅のモチベーションを落とす一因にもなっており、抜本的な解決にはどういう方法があるのだろうか。シニアの課題は構造的な問題だと思うので、個社の問題ではないと思う。 あらためて各用語の定義を確認することができたし、「キャリア自律重視のキャリア開発」の必要性についても理解することができ、たいへん有意義だった。 フレックスパート(Flexpert)という概念は新鮮で、非常に感覚的だが腑に落ちた。 「専門」という観点からのキャリア自律のお話に、たいへん興味を持った。なかなか難しい切り口だとは思うが、個々人にとっては、たいへん重要な観点だと思った。 専門と専門性の違いが興味深かった。キャリア自律について検討する上で、参考にしたい。 組織の論理と個人の意向は必ずしも一致しないが、自律の視点は不可欠であり、自律したキャリア設計の重要性を改めて認識した。 最後まできめ細やかに質問にご回答いただき感謝したい。「専門」「専門性」「専門性マネジメント」の各定義など、これまでに知らなかった概念を知ることができ、有意義だった。 キャリア自律と専門性向上、そして生産性やエンゲージメント向上との密接な関係を学ぶことができ、とても参考になった。一方で、専門性を発揮するベースとなるポータブルスキルについても、自律的に習得できるような仕組み作りも重要だと感じている。近年、専門性向上がキーワードとなっていることは十分に理解しているが、土台作りの部分における人材育成の基本や最新のエッセンスがあれば知りたい。
  • 登壇者の感想は・・・

    青山学院大学 山本 寛 氏

    青山学院大学 山本 寛 氏

    「専門性は、働く人一人ひとりのキャリアにおいて、その方向を決める重要な軸となります。同時に、組織が人を採用し定着してもらうには、専門性を高めるチャンスが豊富にあることが求められています。働く人と組織双方の意思と努力、施策が重なることが重要という点で、参加各社の施策にささやかでもヒントになれば幸いです」